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学科長より

 新しく学問の世界にとびこんできた人、すでにその魅力に取り付かれている人、あるいは、今ごろになって自分自身の進路に疑問を覚えはじめた人、それらすべての学生諸君に対してご挨拶を申し上げます。

 諸君は、自分自身の意志によってこの学科を選び、それぞれに期待と覚悟を胸に学生生活を送ろうとしているはずです。学生というのは非常にあいまいな身分で、それは大人と子供の中間に位置するという事情もあるのですが、何をしてもある程度は許される反面、「こんなに努力しているのにちっとも報われない」という嫌悪感にさいなまれることも珍しいことではありません。皆様が初期の目標に向かって突き進むにしろ、あるいは、新たな興味に惹かれて別の道を選ぶにしろ、これからの長い道のりをどのように歩いていけばよいのでしょうか。

 皆様より30年以上も長く生きてきた人生の先輩として、学生生活をよりよく過ごすために、つまり、あとから振り返ってああよかったと心の底から感じられるために、いま何をなしておくとよいかについて思いつくままに申し上げてみようと思います。

 当然といえば当然のことですが、学校というのは基本的に学業に励む人ほど得をするようにできています。よほどの強い意志を持ち、天賦の才に恵まれていると自覚できる人を除いて、学業とはお友達でいるほうが無難であると思います。大学における学業が高校までと最も異なる点は、結論に至る途中の過程を大事にすることでしょう。日本の初等・中等教育(小学校から高校まで)は世界でも非常に優れていると自慢できるものです。特に自国語ですべてをまかなえるというのはとてもすばらしいことです。(最近は少しあやしいですが・・・。)そのためか分量の面で少し欲張っており、その結果として最終の結論だけが尊重されるという傾向があります。やむをえない事情とはいえ少し残念なことです。

 大学の学業で成果を上げようと思えば、受験対策として結果至上主義にどっぷりと浸っていた人は考え方を改めた方がよろしい。難しいことではありません。子供になったつもりで、常に「なぜそうなるのか」という疑問を持ち続ければよいのです。そうして自分自身でその答えを探そうという意欲を持ち続けるのです。さらに言えば答えを求めるではなく、問題の方を作ってみようと思うくらいの発想の転換ができればしめたものです。たぶん世界的な研究成果をあげる人々、あるいはそれほどでないにしても、社会のさまざまな場面で活躍できる人々は、生涯にわたってそのような考え方を実践しつづけているのだと思います。

 学校や社会は基本的に卒業してしまった人には冷淡です。学生ならではの特権があって、学生であればこそいろいろなサービスをお得な条件で受けることができます。その際たるものが新卒学生に対する求人活動でしょう。4年生になるとほとんどすべての学生は就職活動にのめりこみます。最近では2年生、3年生のうちから、インターンシップを通して企業とのお付き合いを始める人も増えてきました。自分自身の進路を真剣に考え始めてから、卒業後の居場所を確定するまでには恐ろしく時間と手間がかかります。在学中には就職活動に対してさまざまな支援が約束されています。それらを上手に利用しながら、自分の将来を自分自身で企画してみてください。

 最近の「人工知能」という言葉をよく聞くとは思いませんか。もともとコンピュータとは、人間の命令どおりに動いてくれる便利な機械だったはずです。それが自分で考えて動けるようになってしまったのです。こうなると社会においてコンピュータと人間の役割が変わってくると予想されます。卑近な例として、コンピュータが人間の職を奪う(かもしれない)という憂慮が芽生えています。多少の不備には目をつぶることにすれば、コンピュータにとって指定された時間内に成果を具体的な形として表すという種類の作業は非常にくみしやすいものです。桁違いの処理速度にものを言わせることができるからです。特に一夜漬けが可能な知識の分量を競う分野、退屈な作業を延々と続けて初めて有用な結果につながる分野では圧倒的な強みを発揮できそうです。それでは人間の強みとはいったい何でしょうか。機械的な作業に関してはすでに負けているのですから、それ以外のところで競わないといけません。ありの這い出る隙間もない完璧な論理力、もしくは、感性、直感力といった言葉で正確には説明できにくい能力といった、両極端なところが狙いどころのような気がします。人間の遺伝子には、太古の昔からの知恵が刻み込まれ蓄積されています。いわゆる常識や教養というのもそれにあてはまります。知らず知らずのうちに湧き上がってくるようにそれらを使うことができれば、年端のいかないコンピュータには十分に勝つことができるのではないでしょうか。四つに組んでねじ伏せあうか、相手の知らないところで領土を勝手に広げるか、これからの若者はコンピュータとの付き合い方も開発していかないといけないのだと思います。

 最後に大学は社会の縮図です。さまざまな考え方の人が集まってできているのが社会ですから、ほうっておくとさまざまな問題が生じます。論理的に正しい議論がいつでも通用するわけではなく、声の大きい人が勝つという理不尽な結果がしばしば起こります。日本の社会はつねづね一様な社会といわれ、混乱を意識的に避ける傾向が強かったのですが、グローバル化が叫ばれる昨今の状況ではそれがいつまで維持されるかわかったものではありません。また大学は選抜によって人が集まってきますから比較的均質な社会ではありますが、それでもさまざまな生き方、考え方に出会うことになります。そのような中で衝突したり、協力したりしながら、いろいろなグループの一員として役割を果たしていくことを学んでください。グループの中でお互いに揺さぶりあい、手を取り合いながら仕事を進めるのが真の「チームワーク」です。決して仲良しグループというだけではありません。

 昔と違って大学のキャンパスにはいろいろな相談窓口があります。あるいは、教員も見た目ほどには悪い人間ではありません。それらも適当に利用しつつ、右往左往しながらもがき続けるのが「正しい」学生生活の送り方だと思います。卒業時にふと振り返るとき、走馬灯を通していろいろな苦労の痕跡が一度によみがえってきます。それがばら色に彩られていると感じられるかどうかは諸君のこれからの精進しだいであると思います。大分大学における学生生活を出発点として、骨太の人生を歩む決意を固めてください。


平成29年度学科長
中島 誠